【泣ける話】私はいわゆる不義の子であった結果

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274: 名無し物書き@推敲中? 2004/06/13 11:29:00
いわゆる不義の子であった。 

お妾さんと呼ばれる立場の女性が母親で、父を知らずに育った。 

もちろん父親のいない子どもに、世間が冷たかったのは言うまでも無い。 
母親は芸事で身を立てていたので、子どもを顧みる余裕など無かった。 

小さい男の子は、何とかバカにされないように、いつか世間を見返す為に、と頑張った。 

もともと聡い子どもであった彼は、学業に身を入れた。 
「知識」というものは裏切らない。本の中には色んな「世界」があった。勉強は楽しかった。 

優秀な成績で学校を卒業し、母親譲りの朗々とした声と、立て板に水を流すような明快な弁舌を活かし、法曹界を目指した。 
母親の芸妓の世界が「裏」のルールの世界だったから、余計に「表」の世界のルールに憧れたのかもしれない。 
そしてめでたく弁護士の資格を手に入れた。 

一本立ちした頃に、ある女性と知り合い、結婚した。 
弁護士になれたとはいえ、まだまだ薄給である。結婚当初は何も無かった。 
彼女が持ってきた鍋と、自転車が唯一の財産だったという。 

間もなく娘が産まれた。 
そして息子も産まれた。 

男は子煩悩であった。 
どんなに忙しくても、子どもとは遊んだ。 
休日には庭に手製のブランコを作り、クリスマスには子どもを上手く騙した。 
子ども達は長いこと、サンタクロースの存在を信じていた。 

動物園が好きで、よく子ども達を連れていった。 
あまり頻繁に連れて行かれるものだから、子ども達は動物園を嫌いになった。

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